講師さとはどれほどコミュ障だったのか?

さと

こんにちは、ハナサク会話堂 講師のさとです。

最近、生徒さんから
「さとさんはどれくらいコミュ障でしたか?詳しく知りたいです」
というご質問をいただいたので、今日はコミュ障時代の僕について少し詳しく書いていこうと思います。

先に申しておきますが、
暗い話しのオンパレードになると思うので
途中で気持ちが暗くなったらすぐに読むのをやめてくださいね(^^;;笑



灰色の青春時代

孤独な青春

僕は物心がついたころからとにかく人見知りの恥ずかしがり屋で、
近所のおばさんや友達のママに会っても「こんにちは」すらまともに言えない子供でした。

いつもお母さんの影に隠れていた気がします。



中学・高校へと進学していっても極度の人見知りは相も変わらず。
「バラ色の青春時代」なんてものとはほど遠い灰色な日々を送りました。

ちなみに僕がコミュ障克服を決意したのは23歳の時なのですが、
それまでの間に初対面の人に自分から話しかけた記憶は一度もありません(^_^;)

だから入学式やクラス替えで自分から友達を作りにいったこともなく、
いつも誰かから声をかけてもらうのを待つばかりでした。

人見知りで緊張するというのもあるし、
単純になんて話しかけたらいいのか、話しかけた後どんな話題を振ればいいのかがまったく分からなかったのです。

そんなわけですから、クラスに馴染めるかどうかは完全に周り頼みです。
運よくどこかのグループに入ることができれば一年間そこにひっそりと身を隠してやり過ごしていました。

グループの人たちとも基本的に学校内だけの付き合いなので、
休日に遊ぶほどの仲になれた友達は中学〜大学まで合わせても余裕で両手内に収まります(^_^;)



このころの自身を振り返ってみると、会話力のなさも大きな問題ではありますが、

「流行り物に疎すぎた」というのもマズかったと思います。

当時は両親がNHKの情報番組くらいしか見ていなかったこともあり、
僕もテレビとはほぼ無縁の生活をしていて
流行りの芸人やドラマ、アーティストを全く知らなかったんですね。
(なんせ「安室」と聞いても安室奈美恵ではなくガンダムのアムロ・レイのことだと本気で思っていたほどです(^◇^;)笑)

会話力が低くても共通の話題さえあれば少しは会話できたはずなのに、それすら持ち合わせていなかったんですね。

だからクラスメイトが前日のバラエティ番組の話題で盛り上がっていても、そばで愛想笑いすることしかできませんでした。



そんな僕ですから、一年間孤立することもありました。

高三のときはノリのいい人ばかりのクラスに入ってしまい見事に孤立。
面談で担任の先生に「学校は楽しい?」と聞かれて「つまらないです」と即答したら先生はマジで困っていました(^^;;
(清田先生、ごめんなさい!)

結局、その年は文化祭も、球技大会も、卒業遠足(ディズニーランド)もすべてズル休み。

卒業式の日はもうこの教室に来なくてもいいことが嬉しくて嬉しくて。
みんなが別れを惜しんでいる姿を横目に、真っ先にクラスを抜け出しました。

…いや、ホント我ながらヒドイですね(^◇^;)
読んでいる皆さんの気分が心配です。



社会からの脱落

社会からの脱落

それでも同級生や下級生の男子相手なら、顔見知り程度になれば口下手なりに会話することはできました。

まともな会話にならないほど苦手だったのが、女子・先輩・先生(上司)です。



僕の人生初デートは大学二年の頃なのですが、
その日は自分から一度も話題を振れず、相手が質問してくれても一言ボソッと答えるのがやっとという状況…。

結局、会ってから一時間経たないうちに「用事があるので帰りますね〜」と帰られてしまいました(~_~;)

ホント、なんでデートなんて誘ったんでしょうね(^◇^;)

一応言っておくと、これでも前日から話したいことをピックアップしたり脳内シミュレーションとかしたり僕なりに準備はしてたんですけどね。
緊張で何一つできませんでした。

今でも相手の子には申し訳なかったな〜と思いますm(._.)m



年上相手の場合も萎縮して何も話せなくなるタチだったので、
部活(陸上部でした)の先輩に自分から雑談を振ったことは一度もありません。
(いや〜、可愛げのない後輩だったなぁ)

大学で研究室に入った時も、一度も教授に相談とかすることなく卒業制作を終えました。

就活もことごとく一次面接で落とされ続け、初めて内定が出たのは卒業式のひと月前。

そんな苦労して入った会社でも、周りとコミュニケーションを取らないことに上司から度々説教を受ける日々。

ついには鬱の症状まで出はじめて8ヶ月目で逃げるように退社。

社会人としてやっていく自信をなくし、ニートになってしまったのです…。



これが超コミュ障時代の僕です。

コミュ障・人見知りと言っても程度は人それぞれですが、
そうとう深刻な度合いだったことがわかるかと思います。



僕のどこが問題だったのかというと、

  • 自分から会話を始められない
    (自分から何かを話すこともなければ質問すらしない。ひたすら相手待ち)
  • 相手の話を聴いても広げられない
    (基本的に質問しないので「へ〜そうなんだ」で会話が終わる)
  • 自分の本心をほとんど出さない
    (心が死んでいたので、出そうにも自分の本心がわからない時も多々ありました)
  • 笑顔が少なすぎる
    (表情筋がガチガチに固まりすぎて、笑うと頬がピクピク痙攣するので恥ずかしくて笑えなかった)
  • 1対1でも緊張しすぎる
    (今もだけどとにかく自意識過剰!悪目立ちするんじゃないかと人の目ばかり気にしていました)

このあたりがほんとヤバかったな〜と。

…ようは話す力も聴く力もメンタルも、全てが最低レベルだったってことですね(゚o゚;;笑



誰だってコミュ障とさよならできる

誰でもコミュ障とさよならできる

でも、そんな生きづらさの塊のようだった僕でも
こうして人並みレベルの会話力を身につけることに成功したのです。

今は話し方教室という自分の好きな仕事をしながら、かなりストレスフリーな生活を送れているのです。

こんな僕だからこそ断言しますが、

誰だってコミュ障を改善できます!!



僕が変わることができたのは、特別な才能があったからじゃありません。

そんな才能があったならば、そもそもこんなにコミュ障で悩んできたわけがないのです。

「さとさんはどうやってコミュ障を改善したんですか?」
「会話への苦手意識がなくなったキッカケはありましたか?」

生徒さんからこんな質問をいただくことがありますが、

特別なことは何もしていませんよ?

僕がやってきたのはたったの二つです。

◎ コミュ障改善に必要なスキルや考え方を学び続けたこと
(教室に通ったり、書籍を読みあさったり)

◎ 学んだことをモノにするために実践練習を続けたこと
(接客業のアルバイト、会話練習会の自主開催など)

いつもお話ししていますが、「学びと実践の積み重ね」です。

そうして日々行動を重ねていく中で、ふとした瞬間に
「前より会話が続くようになったな~」とか
「初めての人と話すときでも緊張しなくなったな~」と気づくことが必ず出てきます。

そうした気づきを何度も体験することで、人付き合いへの苦手意識は和らいでいきます。

コミュ障とは、一度の大きな成功でいきなり消えるものではなく、
小さな行動の積み重ねによって時間をかけてゆるやかに改善していくものなんですね。

僕にかぎらず、僕の周りのコミュ障を改善していった人たちも漏れなくそうでした。

自分が変わったと感じるその日まで、学びと実践を地道にコツコツ続けてゆく。

これ以上にコミュ障改善の近道はありません!



ちなみに僕の場合は、
「ちょっとよくなってきたかも」と変化を感じるまでに約3ヶ月。
「ようやく人並みレベルになれたかなぁ」と実感するまでは約3年かかりました。

「3年も耐えられるか!」と感じる人もいるかもしれませんが、
僕は先述したようにかなり重度のコミュ障だったから3年かかったのです。

ハナサクに来る生徒さんを見ていると、
9割以上の方は当時の僕よりよほどきちんと会話できていますから、改善はもっと早いはず。

しかも今は、
内向的な口下手さんでも無理なく実現可能なノウハウ"だけ"を選別し、
それを一歩ずつステップアップしていけるよう体系づけた講座「ハナサクエスト」まであります(*^ー^*)

僕のように100冊以上の本を読みあさって、自分に合ったノウハウを探しまわる手間も不要です。

3年もかかるわけがありません。

それに、たとえ3年かかるとしてもやる価値は十分にあると思うんです。

だって人間関係は死ぬまでついてまわること。
そのストレスから解放されれば、今より何十倍も生きやすくなりますからね。

コミュ障な自分を変えたいと思うのなら、

「いつか」ではなく「今」スタートを切りましょう!

なんたって、これからの人生で今日のあなたが一番若いのだから。



話し方教室ハナサク会話堂